ラテに感謝!

2010年12月23日の「アンビリーバボー」において、聖夜の奇跡としてこの本の内容が紹介されていたので、ボクも気になって書籍を手にとってみた。

たしかに、この本は実話であり、全米が涙を流したベストセラーでもある。この本は、人生の真の豊かさと、働くことの素晴らしさという、ボクらがなくしかけている大事なものを教えてくれている。

果たしてこれだけだろうか?

ボクはこの本を読み終えて、胸に熱いものを感じる一方、消えることののない不安もまた覚えたのだ。それを以下に記載する。


マイケル・ゲイツ・ギルの栄光から転落、そして復活の話

この本の内容を一文で表すのならば、「全てを失った老人がどん底で見出した、感謝と充実の日々のお話」である。たしかに、テレビはそんな感じでまとめていたし、そういう風に本を読むのならば、これは聖夜にふさわしい感動なストーリーではある。

だが、スターバックスには老人など高齢者しか働いていないという事実は、ボクを凍らせた。


夢や自己実現はないけれど、出会いがあるのがマニュアルバイト

ボクら日本人にとって、スターバックスなどのバイトは、マクドナルドのアルバイトと同じようなものだ。そこは、「若者の出会いの場」に過ぎないのだが、アメリカでは「中~高齢者の生活の糧」であるわけだ。

 日本においてマクドナルドのバイトは、若者たちが出会いを求めて働く場所だ。だからこそ、激務薄給でも若者たちは耐えられる。高校生・大学生の男女が、彼氏&彼女を求めてやってくる場所だ。その他には、朝から昼間に掛けてパートの主婦がいるぐらい。これが日本のアルバイト環境の姿であり、それ以外の性別・年齢層の人々は正社員であるのが、日本では普通だった。故に、フリーターなる、ある意味差別的な言葉が生まれたのだ。

 このマクドナルドを筆頭とし、この本の舞台でもあるスターバックスのような軽食店、ファミリーレストラン、コンビニという職場は、非常に似通っている。作業手順は効率化しており、マニュアル化されている。高校生のような社会経験が少ない人材でも、マニュアル通りに動けばちゃんとハンバーガーが出来上がる。

 ファミレスでもコーヒーショップでもそれは同じで、マニュアルを覚え、その通りに実行していけば、どんな人間もお客様に笑顔でコーヒーを出すことが出来る。後は、仕事に慣れていくうちに、個々の作業動線が洗練化され、より作業が効率化されていく。この点に於いては個人差があるものの、ある程度の作業レベルについてはマニュアル通りにやればかなり短期間でモノになる。

 そうなれば、作業の合間に若者同士はコミュニケーションを取れるようになる。はじめは、お互いの仕事の出来不出来や自分たちを管理する社員たちの愚痴に始まり、徐々に私生活の話題も織り交ぜて交流を図っていく。コンパで彼氏や彼女を作る人も多いが、日本においては職場恋愛は男女の出会いの中でも一番多いと言っても良い恋愛の場所だ。

 テスト0点の人間も、日本語が理解できるなら60点は取れるのだ。そして、60点あればこの手の仕事は十分こなすことができる。誰がやっても、仕事さえ覚えてマニュアル通りに行えば、安定した仕事が出来るのだ。その中でも、60点以上を取れる人間は、シフトリーダーなどバイト内で階級が上がり、時給があがる。ただし、正社員になることはほぼ無い。多くの若者は、そこに到達する前の段階で就職活動を行って違う会社の正社員になるし、主婦のパートの場合は、そもそも、正社員になるための条件を時間的に満たせないようになっている。これは、経営者側にとってもコストをある程度一定の部分で抑えられる上、定期的に人材が入れ替わるため、大きなメリットがある。

 かくして、日本の若者たちは安い時給と引換にこのマニュアルバイトで恋愛対象を見つけるという取引を、暗黙の了解のうちに企業と契約締結し、主婦たちも「103万円の壁」という配偶者控除のメリットを目一杯受けれる時間内で都合の付く時間帯だけ労働時間を提供するという、双方に取ってWin-Winの暗黙の労働環境が、日本での通常であった。そして、それに適さない人間たちをフリーターと呼んだのだ。

 この、マニュアルに従うだけの仕事には、人種や肌の色も性別も年齢もほぼ関係はない。そして、個人の判断や創意工夫の余地が余り無いから、自己実現もなければ達成感もない。

 このバイトで、自己実現や夢が叶うことはないけれども、人との出会いがあるから日本の若者はやっていける。主婦の場合は、限定された時間をギリギリまで有効に「お金」に替えることが出来る。だからこそ、この2つの世代にマニュアルバイトは都合が良いのだ。

 逆に言うと、この2つの世代に、個々の判断において経営を揺るがす大きな判断などが託されると、それは非常に都合が悪いものだと言える。若者が求めるのは、出会いを通じた実生活の充実であり、職務の責任ではない。そして主婦が求めているのは、空き時間をお金に変換することであり、責任範囲を拡大させることではない。その点に於いても、日本のマニュアルバイトの働き手は、この2種類の人々が占めてきたのだ。今までは。


中~高齢者の職場となったアメリカのマニュアルバイト

 この、マニュアルに従うだけの仕事には、人種や肌の色も性別も年齢もほぼ関係はない事は述べたが、この事は、人種のるつぼであるアメリカに於いては利点になり得た。

 そして、作業の効率化を推し進めていったアメリカ社会において、多くの職場がマニュアル化されて言ったのは周知の事実だ。これは、我々日本人でいう「9時5時」の仕事にも当てはまっている。若者や主婦の職場だったマニュアルバイトは、それ以外の年齢層を飲み込むのもまた必然だった。そして、アメリカに於いてのその対象とは、中~高齢者だったのだ。

 能力主義社会のアメリカにおいて、労働者の選別は、「学歴・職歴・能力」の三点で判断されるのだが、学歴と職歴に関係の無い職場は、このマニュアルバイトしかない。能力の評価は、年齢で判断されるのではなく、経験で判断される。なので、職務を遂行する能力があれば、どれほど職場に長くいようが解雇される理由はないのだ。ただし、新人として入ってくるバイトの人間と、時給は全く変わらない、という条件がある。

 逆に言えば、ある程度の職務能力を維持できるのならば、時給は全く変わらない代わりに、職を失う必然性が全くないのである。これは、「学歴・職歴・能力」の三点主義で常に判断される能力社会において、破格の価値判断だ。自分が辞めるか、雇用先がなくならない限り、能力という一点を維持し続けていれば、給与は安いが雇用は安定される。そしてこの恩恵が大きいのは、三点の能力で徐々に陰りの見えてくる中高齢者たちだった。メンテナンスする対象は少ない方が楽なのは誰の目にも明らかだ。

 かくして、現在のアメリカのマニュアルバイトは、中高齢者の職場となった。その上、「ラテに感謝!」でマイケル・ゲイツ・ギルも書いているが、スターバックスなどは、アルバイトでも健康保険を提供している。日本と違い、健康保険制度が行き届いていないアメリカに於いて、健康に不安のある中高齢者たちがマニュアルバイトに行き着くのは、至極当然の事と言えるだろう。

 そしてこのアメリカで現実に起きている事実は、日本でも起きているのだ。

 この事実を裏付けるように、2010年4月27日号の週刊SPA!という雑誌において、最後のセーフティーネットの機能を体感報告と表題がついて、「35歳からの新人バイト生活に挑戦」という、実際にマクドナルドでバイト生活をするというレポートが掲載されたが、その結果は、職場に馴染みにくいが、慣れればなんとかなるというものだった。マクドナルドの仕事に年齢は関係ないのだ。職場で働く若者や主婦たちに引け目がないのならば。


日本のマクドナルドから、若者が消え、中高齢者が並ぶ日が来るかも

 以上は大げさなような気もするだろうが、これはアメリカで現実に起きている事だし、日本にも起こりつつある現実だ。日本だと主婦のパートとして定着しつつあるマクドナルドなどのマニュアル型バイトは、やがて日本でも「中~高齢者の生活の糧」になるだろう。

 芸人であるダンディ坂野さんが、マクドナルドのバイトをしながら芸人をしていた事をネタにしていたが、これから数年後、日本では、40歳以上の人間がマクドナルドや吉野家などのマニュアル型職場で普通にバイトして生活の糧を得る時代が来ている。

 アメリカと違い、日本の雇用基準には「学歴・職歴・能力」の他に「年齢(と新卒か中途)」という大きな価値判断基準がある。日本では、学歴・職歴・能力の三点に非常に優れていても、高齢であるという理由で採用を見合わすことが多い。そんな日本ならば、「能力」の一点のみで収入を得られるマニュアルバイトが、職に就けない人々にとって如何に合理的な選択可は、推して知るべきだろう。

 日本という社会は、一度墜ちたら、二度と這い上がれない社会だ。落ちる理由は、精神病や交通事故など様々だが、墜ちる理由は関係はない。墜ちたら終わりなのだ。

 SPAの特集で「最後のセーフティーネット」と題されたマニュアルバイトだが、あながち嘘ではないのだ。

 数年後の日本のコンビニやマクドナルドやスーパーは、中~高齢者の人でいっぱいになるんだろう。現実問題として、東京・大阪などの都心より、仕事の少ない地方都市のほうがその傾向は顕著だ。


そんなマニュアルバイトでも、人はそれを通じて成長し、楽しみを見いだせる

 と、ここまで書くと絶望しか見えないのだが、これはこの本に書かれているほんの一部分の断片から話をふくらませたに過ぎない。この本の内容は、人間讃歌であり、人生謳歌である。

 一流広告会社で重役にまで上り詰めた有能な人間であったゲイツですら、いとも簡単に転落してしまうのが「人生」というものだ。この世に沈まぬ船はないのである。

 だがその一方で、自分も想像しえず、彼に取って底辺とも言えたスターバックスで働くという事が、彼を救い、64歳にして新たな充実した人生へ導くという妙もまたある。

 「思い通りにいかないのが世の中なんて 割り切りたくないから」とは、タクティクウオウガ・カオスルートのタイトルだが、生きて行くために出来ることってまだあるし、何処かに「救い」というのはあるのだと、ボクはこの本を呼んで思い直した次第です。

 で、クリスマス・イブの夜中にこうしてレビュー書いてるんですけどね。独りで。


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ラテに感謝!

マイケル・ゲイツ・ギル(2010.03.05 Amazon)
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